音楽制作と料理の関係

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4thアルバムのミックスをようやくやっているのだけど、音源をいろいろ差し替えたい関係上、アレンジもちょっと変わったりして、遅遅として進みません。何度も聴いた曲をさらにリテイクしていく作業というのはなかなかしんどい。何よりモチベーションが上がらないんですよね。

ずっとMacに向かってあーでもないこーでもないとやりつつ、飽きたらYoutubeとか見たりして。そして夜になると料理を作り、風呂に入る。その繰り返し。地味すぎる毎日でございます。

この間、料理を作りながら、音楽制作での頭の使い方と、料理での頭の使い方は割と似ているなあと思った。
どの辺が似ているかをちょっと考えてみた。



 

役割の認識

料理は極端に言えばレシピ通りやればそれなりにできるわけだが、例えば調味料はそれぞれどういう効果があるのかとか、なぜここで弱火にするのかとか、食材はなぜこの大きさなのかとか、それぞれの意味を考えるというのは音楽でいうアレンジとほぼ同じである。それぞれがそれぞれに与えられた役割を果たしているのが良いアレンジ。逆に言うと、それぞれのパーツの役割がちゃんと果たされていない音楽や料理は絶対どこかに無駄がある。
 
 

イメージの重要性

どんな曲にしようか?というアイデアから始まり、そのイメージを固めた上で曲を書き、楽器を選び、アレンジする。どんな曲でも必ず僕は最初のイメージを重要視する。料理も同じで、何が食べたいか? そしてそれはどんな味なのか? をきちんとイメージした上でレシピを探し、材料を買い、作る。そうでないと方向性がブレる。最終形を完璧にイメージすることが良い曲・良い味にするための必要条件じゃないかと思う。
 
 

手順の保守性

音楽の場合、曲づくりから始まって、アレンジ、録音、ミックス、マスタリングという順序をたどって初めて曲となる。革新的な曲はあるだろうけど、作業順序という意味合いでの革新性は存在しない。料理も奇抜な材料を使ったり、あり得ない調味料を使うことはあるだろうけど、レシピをつくり、材料を切り、火を通し、味を調え、器に盛るという手順はほぼ同じはずである。
 
 

組み合わせの妙

例えば家に豆腐があれば、例えばあとミンチを買えば麻婆豆腐ができるな、とか、あるいは今冷蔵庫にある素材だけで何ができるだろう?とか、豚バラはないけど油揚げで代用しよう、とか、実はクリエイティブなことをやっていたりする。音楽ももちろん一緒で、ひとつのギターフレーズがあったとしたら、キーボードを入れてもいいし、そのフレーズを逆回転させてみてもいい。そこは手順と違って特にルールはない。
 
 

神は細部に宿る

手を抜く、というかいい加減にやってしまうといい加減な結果しか出ない、ということである。 例えば材料をきちんと切る、調味料の配合を守る、火の通り方をきちんと観察する、手順を飛ばさないなど、基本的なことだが、ひとつひとつをていねいにやる。音楽の場合はしかるべきレベルでちゃんと録音する、ノイズに気を配る、イコライジングに時間をかける・・・などなど、料理も音楽もひとつひとつの工程には意味があり、それを軽視すると旨いもの、良い音楽は生まれない。
 
 



とまあ思いつく限り挙げてみたけど、こんなもんでしょうか。
であるので、何かもの作りをしている人は音楽に限らずその相似性を感じることができるんじゃないだろうか?

料理は奥さんに任せている、という人も多いとは思いますが、ぜひやってみてください。自身の健康管理もできるしね。以前の記事にも書きましたが、今はクックパッドとか便利なものがあるので昔より確実にハードルは下がっていると思われます。

さて、ミックス作業に戻ろう〜

 

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