【考察】夏が好きな人は関東に多いのではないか?

好きな季節はなんですかと聞かれれば、僕は大体春、と答える。4月から5月にかけてあたり。「世界はまともだ」と思える季節だ(ってなんかへんな思い方だけど)。GWが終わって、6月くらいになると毎年寂しい気分になる。

しかし世の中には夏が大好きな方もおられる(もちろん冬が好きな人もいるだろうけど)。僕も冬に比べればそれほど嫌いな季節でもないけど、やっぱり春にはかなわないなと思う。

そして、ことに「夏の好きさ」というのは地域差があるような気がする。僕の住む京都はご存じのように夏は壊滅的に暑い。悲しく、切なく、やり場のない怒りに満ちた季節である。今日は祇園祭の後祭だが、行く気そのものがおきない。これが4月くらいなら喜んで行くのだけど、それでは祇園祭のコンセプトと合致しない。

京都の暑さはなぜこうも不愉快なのか。僕はこれは湿度が高いためだと思っていたのだが、意外と関東と比べても高くないらしい。やはり盆地であるがゆえに「空気が循環しない」ということなのだろうか? それとも別の不愉快にさせる要因があるのだろうか?

したがって京都人で「夏大好きやねん!」という人はあまりいないような気がする。少なくとも僕のまわりにはいない。町内のおじさんとかに会うと大体「今年もあつうなりましたな。たまりまへんな」と言われることがほとんで、いかにもうんざりしているように見える。

ところが関東にいる人で「夏はいいよねー」と言う人は割に多い気がする。少なくとも関東の方で夏が好きな方を何人か知っている。やはりこれはそれなりに過ごしやすいから、もしくは土地に根付いた何かがあるのではないだろうか。

だからではないだろうけど、「夏の歌」というのは大体関東のような気がする。山下達郎とかサザンオールスターズとか(あまり知らないけど)。彼らが京都に生まれていたらあのような曲は生まれなかったのではないかと推測する。薄暗くじめじめとした京都のライブハウスで「なーなつーのうーみから~」(山下達郎「Sparkle」)なんて歌われても違和感しかない(聞いてみたいけど)。

あくまで想像にすぎない訳だが、暑さを楽しめる、あるいはそれを表現できる場所がある、というのは実にいいなと思う。ジャックジョンソンだって、ハワイがなければあの気持ちいい曲は生まれなかっただろうし、ジョアンジルベルトがブラジルのバイーア州に生まれてなければボサノバなんて発生しなかったかもしれない。

ということで、やはり気候風土というのは音楽に大きな影響を与えるのではないか、というのが本稿の考察。まあ当たり前といえばそうだけど、京都ってつくづく(ポピュラー)音楽とかに向いてない気がする。ひとりで何かを作る、という意味合いにおいては向いてる気はするんだけどね。

ということで暑い屋根裏部屋で曲を書いてます。全然進みません^^

2件のコメント

  1. なみちゃん、ありがとう。
    京都の夏はちょっと頭おかしいよね。なぜ暴動が起こらないのかが不思議。

    イギリスは涼しくて快適だったけど、結局帰ってきたらその倍返し的な暑さが来るわけで、まあどうにもならん、ということか。

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